▼◆歴史は楽し◆山形市の建造物探訪2009/06/23 09:10 (C) まるはち酒店
▼田中家住宅(登録有形文化財先ずは陣場地区の大地主として栄えた田中家の地主屋敷を見学。 母屋正面の重厚な門や延長68mに及ぶ塀は旧家の屋敷構えを伝え、街道沿いの伝統的な景観が見事。 近世末期の農家の風格を伝える建造物として評価されている貴重な物。 屋敷門にて当主より直々にご説明を拝聴しているの図。 2009/06/23 08:54
▼旧山形師範学校本館(国指定重要文化財)2009/06/23 08:55
▼専称寺(山形城主 最上家ゆかりの寺)文禄4年、時の関白豊臣秀次の側室として京に登った最上義光の二女駒姫は太閤秀吉の怒りを被った秀次の切腹の後、三条河原にて処刑。 享年僅か十五。 専称寺は城主最上義光が不遇の愛娘、駒姫の霊を弔うために建立した菩提寺。 2009/06/23 08:58
▼最上義光歴史館さてさてお腹も一杯になったところでお次は最上義光歴史館。 ここでの見所は何と言っても長谷堂合戦で敵方の上杉軍の鉄砲隊が放った銃弾を受けた痕が残る義光が装着した兜。 場内撮影禁止により画像が無いのが残念です。 2009/06/23 09:01
▼最上義光の銅像2009/06/23 09:02
▼旧済生館本館(国重要文化財)明治12年竣工の元山形県公立病院、昭和40年、国の重要文化財に指定され霞城公園内に移築された。 こちらは県内の医療の礎を築いた歴史的にも重要な建造物で奇抜な意匠、斬新な技法は明治初期の擬洋風建築としての価値は特筆に価する。 2009/06/23 09:03
▼長谷堂城址いよいよ最後は、もう一つの関ヶ原といわれる上杉軍と最上軍が戦った長谷堂合戦の地へ。 今年の大河ドラマ「天地人」の影響でこちらも観光客が激増。 そしてボランティアガイドを務めるこの長老のユニークな語りに時を忘れて楽しませて頂きました。(^^♪ 氏が語る言葉の隅々に郷土愛の純粋な精神を感じながら山形弁丸出しの素朴さに強い親しみを覚えた最高のサプライズ。 ここ長谷堂地区では合戦の戦没者の霊を慰める鎮魂碑を建立し年一度供養祭を行っているとの事。 戦場と化し多くの地区民を失った事実はさて置き、戦死者に敵味方は無いと解釈して同等に供養しているという哀悼精神には頭が下がります。 嗚呼やっぱり参加して良かったと感じた今回の研修の旅。 今更ながら気付いたのはこのコンパクトで内容が充実した旅を具現化している会長始め役員方の高いプランニング力。 恐らく下見や現場との打ち合わせにかなりの労力とお時間を使われたのではと推察。 お蔭で大満足の一時を楽しませて頂きました。 心から感謝申し上げます。 2009/06/23 09:05
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6月16日、長井文化財保護協会の視察研修会に参加。
古い建物や歴史が好きな小生、一昨年の米沢の建造物探訪に気を良くして是非参加したかった日帰りの研修である。
今回も家内と母を拝み倒しての参加となった。
山一つ越えた県都山形市へは近年R348の整備により50分程度とアクセスが向上していて若き少年だった高校生活の三年間を山形市で送った事もあり親近感の強い土地。
なれど最上家の城下町としての視点や歴史的建造物にスポットを当てた探訪などはお初で、こういう機会を逃すと中々できない。
今回も研修は絶大な人気で総勢22名の精鋭部隊が朝の8時には長井を発ちバスは一路山形市へとひた走る。
画像は山形城址へと向かう諸先輩方。
【当日の研修コース】
長井 → 旧地主「田中家住宅」 → 旧山形師範学校 → 専称寺 → 香味庵まるはち → 最上義光歴史観 → 山形城跡 → 旧済生館本館 → 長谷堂城跡 → 長井
続きは画像と共にどうぞ〜^^